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『夜を泣く』

TEXT by Toshio Suzuki

 テレビ画面には、産まれたばかりの翔太の姿を写したビデオテープが再生されていた。眼をぎゅうっと閉じた翔太は、苦しそうに歪ませた表情で、ようやっと呼吸をしている。

 明子は、帰宅した私を振り向こうともせず、黙って涙を流しながら、テレビの前でじっとすわっていた。

 深夜の二時。照明のついていない暗いリビングの中で、テレビ画面の眩しさが眼に刺さる。私は画面から目をそらした。

 キッチンには、私がひとりでとった朝食の食器が汚れたまま放置されていた。彼女のために作ったサンドイッチも手がつけられていない。

 スーツを脱ぎ、ネクタイを緩めた私は、キッチンを片付け、冷凍庫から白飯を取り出して、一人分の粥を作り始めた。

 鍋を火にかけていると、明子の泣き声が漂ってきた。画面には翔太が息を引き取る最期のシーンが映っているのであろう。

 出来上がった粥に、種を取って軽くすりつぶした梅干をのせ、明子のもとへ運んだ。

「少しくらい何か食べろよ」

 テレビ画面が視界に入らないよう顔をそむけながら、私は明子の横に粥をのせた盆を置く。

 動いた明子の手は、粥にではなく、ビデオデッキのリモコンに伸び、巻き戻しボタンを押した。彼女は今朝からどれだけ自分の息子が死んでいく姿を見ているのか。いや、今日だけではない、この一カ月でいったい何度、画面の中での翔太の死を目にしているのだろう。

 幾度も再生を繰り返されたビデオテープは、キーキーと小さな生き物がうめくような音をたてて回っていた。

 ビデオテープがなければ、明子は今ごろ翔太を亡くした悲しみから立ち直っていたかもしれない。巻き戻し中のテレビ画面は砂の嵐で輝き、明子の顔を青白く浮かび上がらせていた。暗いリビングの中は、サーっという無機的なホワイトノイズで満ちていた。

 

 1996年11月26日。翔太は産まれると同時にあと一カ月の命と宣告された。

 それは出産前から予想されていたことだった。私たち夫婦は、医師にその確率の高さを強く指摘されていた。だが、明子はわずかな可能性に奇蹟を期待した。

 むろん私は、奇蹟などこの世に起こるはずのないことを知っていた。事実起こりはしなかった。

 明子の年齢のことや、以前の流産の件を考えれば、私たち夫婦にとって、翔太が最初で最後の子供になることは明らかだった。

 明子は翔太が生きている間は決して泣かないと誓いをたてた。彼女は、本来ならば今後数十年をかけて与えるであろう翔太への愛情を、この一カ月で全て注ごうと決意した。

「おめでとうって、誰も言ってくれないの」

 出産した夜、明子が私に言った言葉だ。命が失われることを確実なる予定として生まれてきた翔太に、周囲の人々は、医者や看護婦をも含め、かけるべき祝福の言葉を失っていたのだ。おそらく彼女の言葉は、来るべき悲しみしか思い描けない私へも向けられていたのだろう。

 そして私は、この世に生を受けた翔太の姿を、ほんの僅かであっても残しておきたいと思い、ビデオカメラを手に入れた。たとえ一ヶ月といえども、ほかの赤ん坊たちと同じように接しよう。私はそう考えたのだ。明子の前では、ごく普通に新しい生命を迎え入れた家族の姿を保っていようと。私の執念にも似た必死さは、新生児の集中治療室の中でビデオ撮影を行うという、前例を見ない行為を病院に認めさせるに至った。

 しかし、事態は急変した。一カ月は持つといわれていた翔太の命が、たったの三日で消えてしまったのだ。

 明子の数十年分の愛情は行き場を失い、私が買い求めたダンボール二箱の録画用ビデオテープは、そのほとんどがごみ箱へ行くこととなった。もうビデオカメラなど触る気にもなれなかった。

 

 テレビ画面の中には再び、苦しそうに顔を歪める翔太が映っていた。

「なあ、ほんとに一口でいいから食べてくれよ」

 日を追うごとに明子の食は細くなり、昨夜からはついに何も口にしなくなっていた。明子を家に一人残して仕事に出るのももう無理だろう。やせ衰えた明子の姿は、もはや明子ではなく、明子に似た何かと思えるほどだった。私は翔太だけでなく、明子も失ってしまう不安を抱え始めていた。

 私は冷め始めていた粥の茶碗を手にとり、スプーンですくうと、明子の口元へそっと近づけた。

「お願いだから、食べてく……」

 私の言葉を遮るように、明子の手が勢いよく跳ね上がった。

 米粒を撒き散らしながら、粥の茶碗が部屋の隅へ転がっていった。

 

 保育器から一歩も出られなかった翔太を私達が抱くことが出来たのは、翔太が冷たくなったあとだった。私たちの手の中には、翔太のぬくもりの記憶も残っていない。

 生後三日で亡くなった翔太の遺体は、火葬すると、骨も残らず燃え尽きてしまった。家族葬と呼ばれる参列者の無い葬式は、葬式というよりもなんらかの事務上の手続きのようだった。

 翔太は、最期の一時間を撮影した一本のビデオテープを残しただけで、完全にその命の痕跡を消し去ってしまったのだ。

 

 変わらぬ日常。私は満員の通勤電車に揺られる。何かにはむかうような、あるいは何かをひたすらやり過ごそうとする表情の乗客たちも、車輪が線路を打つタイミングに合わせて同じように身体を揺らしている。押し黙っている者が多い中、学生のようにみえる若者たちだけが大きな声で会話をしている。

「昨日のテレビ見た? 妙な占い師が出てたヤツ」

「やたら世紀末世紀末って口走るヤバそうな占い師な。平成が30年で終わって、世紀末を象徴するクラゲの歌が蔓延するって。あの表情、まじヤバい」

 家族や愛する者を失ったのは、私と妻だけじゃない。友達や会社の同僚にだっているし、この満員電車の乗客の中にだって必ずいる。誰にだって平等に訪れることなのだ。

 みんなは一体どんな風につらさを乗り越えるのだろう。時間が少しずつ忘れさせてくれるのだろうか。しかし、明子の心の痛みは日ごとに酷くなっている。翔太が死んでいく姿をビデオテープで見つづける限り、彼女は悲しみを忘れるどころか、膨らませつづけてしまうのかもしれない。

 一度テープを取り上げようとしたのだが、翔太の唯一の思い出を奪うのかと、彼女は大きな悲鳴を上げ、暴れ、わめいた。それまでに見たこともない荒々しい彼女の表情に、私は思わずひるんでしまった。

「逃げないでよ! あなたも見なさいよ! あたしたちが忘れたら、翔太がこの世に生まれたことが、なかったことになっちゃうじゃないの!」

 涙にまみれた顔をひどく歪ませて叫ぶ明子。叫び続け、かすれた彼女の声は、血の色をしているようだった。

 明子の、行き場を失った翔太への愛情は、彼女の内側で日一日とゆっくり圧を高め、自身をねじくれさせている。彼女は、翔太の死を見つづけ苦しむことでしか、翔太へ愛情を伝える術を見つけられなくなっているのかもしれない。

 私がビデオ撮影など思いつかなければ、こんなことにはならなかったのだ。

 私に関して言えば、翔太を亡くした痛苦をやわらげているのは、明子への心配だと思う。翔太が息絶えた瞬間、堰を切ったように泣き叫んだ明子の声が、私を彼女への心配でいっぱいにし、翔太への思いにくれる余裕を失わせた気がするのだ。

 

 床に散らばった粥の米粒を、私は一粒ずつ指で拾いはじめた。すくった米粒がねばねばと指に絡みついた。ティッシュでぬぐってもなかなか取れない。そのうちティッシュ自体が糊のように指にべたべたと張り付いてしまった。私はむきになって、薄皮のように張り付いたティッシュを剥がそうとするのだが、ちぎれてしまってなかなか思うようにいかない。そうしているうち、なぜだか涙が出てきた。

 翔太が死んだとき、私も泣いてしまったら、明子の悲痛がもっと酷くなるような気がした。だから私は必至に涙を我慢した。私が取り乱していたら、明子はどうなるのだ。明子と一緒に悲しんでいてはいけない。普段と変わらない私でいることこそが、明子の悲しみを薄めていくことになるのだと思った。

 涙を我慢した? 我慢して泣かなかったのではなく、実は泣けなかったのではなかろうか。ふとそんな風に考えて、自分がとても薄情な人間なのではないかと、不安になることがあった。ビデオカメラのファインダー越しに自分の息子の死を見ていた私は、人としての何かが欠落しているのではないか、と。

 ――ずっと胎内で子供を宿していた母親と違って、父親とは産まれてから徐々に愛情が湧くものだ。

 ――明子のためにも、私は翔太の姿を残しておかなければならなかったのだ。

 泣けない自分に、言い訳じみたこともしてみたが、それでも自分の冷たさへの嫌悪感や不安を静めることはできなかった。

 いや、私は我慢してきたのだ。明子のために。明子を守るために。

 翔太が死んだ時にそうして我慢できた涙が、今は溢れて溢れて止まらなくなっていた。次第に、私の泣き声は大きくなっていった。

 どれくらい泣いていたのだろうか、私のシャツの袖は涙でびっしょりと濡れていた。

 いつのまにか明子が私に抱きついて泣いていた。私はそれすら気づかずにいたのだ。

 私と目が合うと明子は鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔で、しゃくりあげるように言った。

「……翔太が、翔太が切れちゃったの」

 ビデオデッキの方へ視線を向けると、デッキのカウンターは回っているのに、画面には砂の嵐しか映っていなかった。キュルキュルと小さな音が聞こえてくる。何度も繰り返し再生されていたテープがついに切れてしまったらしい。

 私もなぜだかひときわ悲しくなって大声で泣いた。二人で抱き合いながら、わんわん泣いた。本当に翔太は死んでしまったんだという実感が、ひどく硬い輪郭をともなって、初めてわたしの意識に立ち上がってきた。

 大きな泣き声を張り上げながらも、私は泣いている自分に不思議な安堵感のようなものをおぼえていた。その感覚に身をゆだねていると、慟哭は一段と激しさを増した。すると私の高まりに呼応するかのように、明子の涙もいっそう増えていった。泣きつづける二人の体は汗でびしょびしょだった。びしょ濡れになりながら抱き合って泣いた。初めて二人一緒に泣いた。

 気がつくと、窓の外が薄っすら白くなっていた。日が昇りつつある。やがて、部屋の中に淡い光が射し込んできた。床に散らばった粥の米粒がきらきらと光っている。

 泣き疲れて涙が収まったら、もう一度、粥を作ろうと思った。また食べてくれないかもしれないが、私は作るのだ。不思議と今度は食べてくれるような気がする。

 いや、そんなに都合よく奇蹟のようなことは起こらないだろう。それは私自身が一番よく知っているじゃないか。

 それでも夜は明けはじめていた。        (了)

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